臨終に「お礼を言えなかった」と後悔したくない
先日、放映されたテレビ番組『エチカの鏡』の中で「死ぬときに後悔すること25」という内容のものがありました。
そのタイトルからして極めて重いものを感じます。
実際「趣味を持つことができなかった」「故郷に帰ることができなかった」「家族を大切にすることができなかった」など、臨終を前にして後悔した事例をまとめたものですが、その中に「大切な人にお礼を言えなかった」という事項がありました。
永く連れ添ってきた妻に、一言「ありがとう」が言えなかった、というもの。
番組内で紹介された事例は、結局最後まで言えず、医者に伝言を頼んだというものでした。実際、本人が亡くなってから医師より奥さんへ「実は伝言があります。ありがとう」。
しかし奥さんは、そういう性格の夫だと分かっていて、感情を押し殺します。
何と、奥ゆかしい夫婦でしょう。
そういう「お礼が言えない」世代の夫婦があります。
サザエさんの「波平・舟」夫婦でしょうか。
しかしそれは、一昔前のことで、最近の世代の夫婦関係においては、なかなかそうもいかないようです。
前回の記事でも書きましたように「ありがとう」のたった一言が、人間関係をスムーズにし、夫婦の悩みも随分と解消される、とても気持ちがいい使いたい言葉なのです。
人間、誰にでも「ほめられたい」「よく思われたい」という欲の心があります。これを名誉欲と言います。
親鸞会の法話では、仏教で教えられる5つの欲の中の一つとして、よく教えられることです。
相手が誰であれ、たとえ子供であっても「ありがとう」とお礼を言われると、悪い気がしません。
「ありがとう」は、「あなたのしてくれたことが、私にとって役に立ちましたよ」という意味が込められています。
そう、「あなたは、私にとって大切な存在なんですよ」と言っていることに等しいのです。
夫が妻に「お前は大切な存在なんだよ」とは直接言えなくても、「ありがとう」の一言は言えるでしょう。
死というものはいつ訪れるか分かりませんが、臨終に「お礼を言えなかった」と後悔はしたくないものです。